
高橋選手はスペイン・日本・アルゼンチンの3か国にルーツがあり、2021年9月現在、16歳の時点ではどの国のフル代表を選ぶことも可能です。
U-16スペイン代表に選ばれましたが、日本代表になりたいと13歳の頃本人は語っていました。 ※すぐに高橋選手の生い立ちを知りたい方はここをクリック
高橋選手がなぜこのように多くの国籍を持つようになったのか、まずはそのルーツをご紹介します。
(アルゼンチンメディアの高橋選手のインタビュー、記事参照)
Niko Takahashi (LB, 2005):
– complete full-back
– intelligent in his movements, good game reading & positioning
– really good technique, great long balls & vision
– dynamic, agile & very good defensively
– likes to cross, good in the airThe only Japanese in La Masia. 🇯🇵 pic.twitter.com/VGqIRudnsG
— Piotr Guziński (@Nyctophile1_) August 13, 2021
〇父、フェデリコ・センダゴルタ氏の生い立ち
1970年アルゼンチン、ブエノスアイレス州の州都ラ・プラタで生まれたフェデリコ氏は、6歳の頃ご家族と共に、スペインへ移住します。
1976年3月にアルゼンチンでは軍事評議会によるクーデターが起き、民政移管されるまでのおよそ7年の間、恐ろしい軍事独裁政権が敷かれていました。
この期間、9,000人~30,000人もの行方不明者が発生し、社会主義、共産主義の排除、左派的思想の弾圧を目的として、秘密裏に活動家やその家族の拉致、拷問・殺害が行われました。
結果としてこのような事態に巻き込まれなかった、センダゴルタ家のスペイン移住の判断は非常に早く、そして正しかったと思います。
アルゼンチンの公用語はスペイン語のため、当時亡命先としてスペインを選ぶ方も多かったようです。
そして、センダゴルタ家はアルゼンチンに戻ることはなく、バルセロナへ生活の拠点をうつしました。
〇父母のスペインでの出会い
母親の高橋さんは、留学のためイギリスに渡り、スペイン人男性と出会いスペインのカタルーニャへ移住します。
その後、その方と別れたのちにフェデリコさんと出会い、二人は結ばれました。
〇高橋選手の誕生
こうして、2005年8月17日に、高橋仁胡センダゴルタが誕生します。
そのため、高橋選手はアルゼンチン人の父、日本人の母を持ち、スペイン育ちのため、この3つの国籍を現在持っています。
コロナ以前は母親と共に毎年日本に遊びに行っていたそうで、日本への思い入れもありそうですがスペインでの生活が長く、アルゼンチンのアンダー世代の使者からも声がかかっています。
高橋選手自身は多重国籍である状況を幸せだと捉えていて、最も快適にプレー出来る環境を選びたいと語っています。
〇高橋選手の現在地
2021年5月に、スペインU-16代表に招集されました。
レアルマドリー、バルセロナの下部組織からそれぞれ5名選ばれており、クラブ別では最多になっています。
下部組織でもやはり、知名度・実力の高いこの2クラブのレベルが高いのだと思います。
幼い頃フットサルからキャリアをスタートさせ、順調にステップアップを続けている高橋選手がどこまで成長するのか、本当に楽しみです。
↓2021年8月頃行われたManlleuカップでのプレー映像
〇補足:プロ契約について
スペインではプロ契約を結ぶには18歳を待つ必要があるのに対し、イングランドやフランスでは16歳で可能だそうで、ユース世代での引き抜きも多いようです。
メッシをアイドルと語り、スペインで生まれ育った高橋選手は、ラ・マシアの施設、医療センター、スタッフへの感謝と愛を語っています。
今後もバルセロナでのステップアップを目指すでしょうが、年齢を重ねるにつれ、各国クラブ・代表のスカウトの注目も大きくなるでしょう。
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